しょうちゃんの原点

<人生の原点>マジックとの出会い

マジックを始めて20年。マジックのこと何度も嫌いになったけどとりあえず今はやっててよかったなって思う。

マジックと出会わなかったら人生は大きく変わっていたはず。

しょうちゃん

「轍なき道目指して進む」がモットー。特別な存在になりたくて頑張っていたら超が付く変人になった人。

スクールウィズ代表、マジシャン、四柱推命鑑定師、ファイナンシャルプランナー(宅建士)、日中英語通訳

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10歳で見た生マジック

僕には4年前に亡くなったマジックの師匠が居るんだけど、10歳の時にマジックを初めて生で見てその瞬間に虜になったわけ。

その時マジックをしていた人が後の師匠になる藤村さんね。

藤村さんは自由の森学園の数学科の教員で、手品部の顧問を務める人だった。というか、自分でマジック道具を開発する程のプロマジシャンでした。

(*オリジナル商品の「フジワレット」は国内外で結構売れたらしい。)

その当時は強い好奇心はあってもこんなに長い間人生を共にするとは思っていなかった。

世界大会に出ることも、テレビに出ることもそして沢山の笑顔と出会うことも想像していなかった。

大の英語キライの僕が英語を学ぼうと思ったのもキッカケもマジックだった。だからマジックと出会わなければ・・・いや師匠の藤村さんと出会わなければ僕の人生は今と全く別のところに存在していたはず。

今ここにいる僕は、10歳で始めてマジックを見た瞬間に繋がっているのです。

手品部に入部した日の事

何事も初日って結構覚えているものだけど、手品部に入部した時は特に鮮明に覚えている。

手品部の活動場所は薄暗い数学科研究室。資料がいっぱいで机も見えないような環境で練習したよね。

入部当日はトランプも用意していなかった僕に師匠が最初に教えてくれたのはティッシュが手の中から消えてなくなるマジック。

今じゃ自分の中で当たり前となったマジックも、その日だけは特別だった。

技を教えてもらい鏡の前で練習スタート!

「ここはこう」と親身に教えてくれる師匠と念願のマジックを練習している僕。

文字通り黙々と練習してたら聞こえてくるんだ、師匠のいびきが

自席に戻って寝てた。

それから2時間ぶっ続けで鏡の前で練習したし、師匠はぶっ続けで寝てた。

それから師匠はのそって起きて、「じゃぁ今日はこれでお終い。また来週ね。」って終わった。

期待と不安が絶妙に混ざり合っていたことは間違いない。

師匠の影響力、英語を学ぶ意欲をくれた

師匠は僕が高2の時に体を壊して休職した。

春休みのある日に師匠の自宅にお邪魔することになった。

マジック道具と映画のDVDと野球とプロレスグッズが入り乱れるお部屋でマジックレッスン。

帰り際に師匠が言ってくれた一言で再び転機を迎える。

「マジックを続けるなら英語を勉強しなさい」

あれだけ英語を毛嫌いしていた僕が、その一言で英語を学ぼうと思った。その一言が無ければ英語は学ばなかったし、学ばなければ大学も全然違うところを卒業していたはず。

これってマジックが好きだったからとかじゃなくて、信頼している師匠のアドバイスだったから心に響いたんだと思う。

そういうのってあるよね。

だから「マジックをやらなかったら英語を勉強しなかった」ってのは半分間違ってて、実際は「この師匠の下でマジックを学ばなかったら」なんだよね。

ホント感謝しかない

マジックに真剣になったキッカケ

2006年夏、マジックグッズメーカーのテンヨーが主催するコンテストに応募しました。

5分程の演技をビデオに撮って送り、後日結果を待つタイプのコンテストでした。

結果は第五回テンヨージュニアマジシャンビデオコンテストでグランプリを貰った。

クロースアップマジシャンとしては初!という快挙っぽいことも

これに味を占めた僕は、いや勘違いした僕は様々なコンテストに挑戦し始めます。

特にマジックが上手でもない僕が挑戦する分野じゃないんだ。ただ少しばかり表現力があっただけ。

とあるプロマジシャンに「君はコンテストに出るべき人間じゃない」と言われる始末。でもその言葉が僕に火をつけた。

とにかくコンテストはマジックに対する探求心よりも、挑戦を始めてしまった自分の意地がモチベーションだった気がする。

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マジックのその後

マジックは色々やってきたからこれからも書くことあると思う。

20年もマジックをやっているんだから相当マジック好きなのかと自分でも考えちゃうけど、実はそうでもない。

好きなのは自己表現でマジックはあくまでもそのツール。続けるモチベーションは意地や見栄かもしれない。

2009年にはマジックの世界大会に日本代表で出場もした。

その2年前には世界大会の名称である「FISM(フィズム)」すら知らなかった。そんな僕が世界大会に出場しちゃうんだから意地をモチベーションにするのも悪くない。

自分の進路を決める時に結構マジックが邪魔になっていたこともある。だからマジックを恨む部分もあったりする。

それはマジックが悪いんじゃないんだけど「マジックと出会わなければ」、「せめてコンテストなんか挑戦しなければ」ってよく後悔した。

それでも、今の僕がここに立っているのはマジックと出会ったおかげだし、師匠が居てくれたおかげ。

とりあえず感謝してる。

今後もどこかで後悔するかもしれないけど、心のどこかで感謝してると思う。

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